小倉百人一首辞典

玉の緒よ たえなばたえね ながらへば忍ぶることの 弱りもぞする

たまのをよ たえなばたえね ながらへばしのぶることの よわりもぞする

式子内親王の歌
式子内親王 女

現代訳

わたしの命よ、絶えることなら早く絶えてほしい。このまま生きながらえていると、耐え忍んでいるわたしの心も弱くなってしまい、 秘めている思いが人に知られてしまうことになろうから。

式子内親王(しきしないしんのう)の紹介

式子内親王(しょくし/しきし(のりこ)ないしんのう、1149年(久安5年) - 1201年3月1日(建仁元年1月25日))は、平安時代末期の皇女、賀茂斎院である。新三十六歌仙、女房三十六歌仙の一人。後白河天皇の第3皇女。母は藤原成子(藤原季成の女)で、守覚法親王・亮子内親王(殷富門院)・高倉宮以仁王は同母兄弟。高倉天皇は異母弟にあたる。萱斎院、大炊御門斎院とも呼ばれた。法号承如法。

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「玉の緒よ たえなばたえね ながらへば」の覚え方

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